数日前にこんなニュースがありました。
因果関係はない? 「糖質制限ダイエット」の第一人者が急逝 – ライブドアニュース
死因は心筋梗塞のようです。桐山氏は糖尿病と診断されてから糖質制限を始めたので糖質制限よりもそれまでの不摂生の影響の方が大きいように思います。
この出来事で糖質制限の賛否についてまた議論が盛り上がるかもしれませんが、トライアスリートとして気になるのはやっぱり「糖質制限で速くなるのか?」ですよね?
以前にも「糖質制限はトライアスロンに向かない?」って記事を書いて「こうやったらどうかなぁ」という考えを書きましたが、今思うと微妙なところも多々あります(苦笑)
で、少し前ですが、糖質制限アスリートとそうでないアスリートでは生理的にどういう差があるかを調べた研究が発表されたようで下記のブログで紹介されていました。
第927回 超耐久アスリート vs 糖質制限食 Nice Body Make・・・よもやま話/ウェブリブログ
このブログはダイエットやトレーニングに関する研究結果をたくさん紹介してくれているので面白いです。論文のアブストラクトを直訳したような感じのものも多く理解するのが大変なときもありますが、海外の研究結果を日本語で紹介してくれているのはありがたいです。
もとの論文は下記で全文読むことができます。
これはプロレベルの持久系アスリートを対象に糖質制限の影響を研究した論文になっていて、トライアスロンで糖質制限すると速くなるのか?ということの答えの一つかなぁと思います。
糖質制限は果たしてトライアスリートの味方なのでしょうか?前回記事を書いたときよりも生理学や糖質制限の知識も増えたし、こういう論文も見つけたのでいろいろと考えてみました。書き始めたらとても長くなりそうなので3回ぐらいに分けようと思います。
そんなに読むの面倒くさい!と言う人のために僕なりの結論だけ最初に書いておくとこんな感じになります。ご参考までに。
- 糖質制限で魔法のように速くなることはない、特にショートで上位狙うとかでは全く期待できないのでは?
- バカ高い補給食代を節約できる可能性はある
- 実践するにはストイックさが必要だが、その割に得られるものは少ない可能性が高い。
しかし、次のような人は一度やってみる価値があるかもしれない。
- 朝起きるのがつらい
- 体調がすぐれない、調子が上がらない
- メンタル的に不安定
- 練習してるのになかなか痩せない、体重管理によく失敗する
- 大量の補給食を食べないと体力がもたない
ただしやるなら最低半年ぐらいは続ける覚悟が必要。中途半端だと体調は良くなるがパフォーマンスはたぶん落ちる(自分の経験から)。糖質を限り無く少なくするのではなく、糖質の過剰摂取を控えるという気持ちでゆるい糖質制限をするのが体調管理やパフォーマンスアップに一番効果的かも。
ではまずは糖質制限についてまとめみたいと思います。
糖質制限とは?
現代の栄養学では1日の摂取カロリーの60%程度は炭水化物を食べるように推奨していますが、それを0〜20%ぐらい(明確な基準はない)に減らした食事法が糖質制限です。炭水化物は英語でcarbohydrateなので、低炭水化物または糖質制限のことをローカーボ(Low Carbo)と呼ぶこともあります。
ちなみに炭水化物=糖質+食物繊維なので、厳密には炭水化物制限と糖質制限は違います。ですが私たちがよく食べる精製された炭水化物はほぼ糖質と考えてよいので、炭水化物=糖質という捉え方でもそれほど大きな問題はないと思います。
糖質制限自体はボディビルダーがコンテスト前に行うダイエット(ローカーボダイエット)として昔からやっていて特に新しい方法というわけではありません。一般向けでもアトキンスダイエットなど名前を変えて流行っては消えていく感じでした。それが最近はライザップの影響や糖尿病に効果的だということから広く認知されるようになってきています。
糖質制限の最大のメリットは血糖値が安定することです。血糖値が安定することでメンタルが安定しやすい、インスリンの過剰分泌が抑えられるので糖尿病が改善される、脂質の代謝がよくなり肥満が改善されやすいなど体にさまざまな良い効果が期待できるとされています。ただし運動のパフォーマンスアップに効果があるかはよくわかっておらず、それに本格的に取り組んだのが冒頭の研究になります。
糖質制限でからだに起こること
さて糖質制限をおこなうと体はどう反応するかですが、まず体内の糖質が不足します。そこで必要な糖質は肝臓で筋肉などを分解して得られるアミノ酸から合成されます。そのことを糖新生と呼びます。さらにケトン体という脂肪由来の物質も大量に作られるようになります。このケトン体は糖質制限のキーともいえる物質で、ブドウ糖と同じく脳や筋肉のエネルギー源として使われます。
具体的にはどう変わるのか?
こうして糖質制限をすると血糖値の大きな変動がなくなり、脂質の利用も活発になります。
そのため、頻繁に間食を食べないと疲れや空腹感を感じる・・・ということが減り、少なくとも日常生活や低強度の運動では体力・スタミナが上がったように感じられる場面が増えると思います。
この脂質の利用率アップというのが持久系アスリートにとって魅力的に聞こえるポイントではないでしょうか?タップリある脂肪をガンガン使えたらスタミナアップしそうな気がしますよね。
糖新生について
一方で、アスリートとして気になるのは糖新生が活発になると筋肉が減らないか?ということだと思います。筋肉の合成・分解の話を厳密にしだすと複雑になりますが、単純にいうと糖質をカットする代わりにタンパク質と脂質をたくさん摂れば防げると考えられています。食べ物由来のアミノ酸で血液を満たせば筋肉を分解してアミノ酸を取り出す必要はなくなりますし、脂質が十分にあればそちらがエネルギーとして優先して使われるので糖新生すべき量を最低限にすることができますからね。
ケトーシスとは?
血液中のケトン体が一般的に正常値とされる数値(28~120μmol/l)よりたくさんある状態をケトーシスと呼びます。糖尿病のときにでる病態としてケトアシドーシスというのがあり、これは大変危険な状態でケトーシス同様にケトン体の数値も跳ね上がります。ですが糖質制限でおこるケトーシスとは別物です。数年前はこれを混同して「糖質制限は危険だ!」という医師が多数いましたが最近ではそういうことはなくなってきてるはず。
海外ではこれにちなんで糖質制限ダイエットのことをケトジェニックダイエットと呼ぶこともあります。
ではどれぐらいの糖質制限でケトーシスになるかですが、目安としては1日の糖質の摂取量を60g以下といわれています。糖質60gというと白米お茶碗1杯ぐらい、アンパンだと1個でオーバーします。厳密な意味での糖質制限はケトーシス状態になるレベルまで糖質を減らすことだと思います。
ケトン体はすごい!?
少し前にココナッツオイルが認知症に良いと話題になっていましたが、それはココナッツオイルに含まれる中鎖脂肪酸(MCT)が素早く分解されてケトン体になり、それが脳のエネルギー源となることで効果を発揮します。さらに新生児ではケトン体が脳の重要なエネルギー源となっていることもわかっています。
このようなことからケトン体は脳にとっては良いエネルギー源だと考えてよいと思います。また、ケトン体は骨格筋に対しても糖や脂肪酸よりも優先的に使われるとされていますが、これは恐らく安静時や低強度の場合だけの話だと思います。基本的にATPを作る反応経路は脂質と同じなので運動強度が上がれば糖質の方が優先されるでしょう。
ちなみに中鎖脂肪酸はMCTオイルという名前で運動中のエネルギー補給用サプリメントとして売られています。ウェイトトレーニングする人向けで売られていることが多いですが、もちろんトライアスロンでも使えます。僕も実際に買って練習で試したことがありますが、正直なところ糖質の補給食との差は感じられませんでした。
ほぼ無味無臭で飲みにくさはないので差が無いなら積極的に使ってもよいのですが、たくさん摂取(ダメな人は大さじ1杯ぐらいでもダメらしい)すると下痢になるという問題があります。
実際に使う場合はどれぐらいで下痢になるか量を見極める必要もあるので興味がある人は慎重に使うことをオススメします。レース中に下痢になったら悲劇ですからね。
ちなみに僕が買ったのはこれ↓。カプセルタイプのものもあります。
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糖質制限の安全性
一昔前は「脳のエネルギー源はブドウ糖しかないから糖質が不足すると危険!」という情報が流れていましたが、先ほども書いたようにケトン体もつかうことができます。といっても100%ケトン体とはならないようでカナダで行われた断食の研究では脳のエネルギー源の割合はケトン体70%、ブドウ糖30%という結果が出ているそうです。また、赤血球は糖質しかエネルギーに使えない組織です。
このように体には必ず糖質が必要です。決して糖質は毒ではないし不要な栄養素でもありません。ですが、理論的には糖質の摂取がゼロでも糖新生とケトン体によって私たちは普通に生きていくことができます。
「理屈ではそうだけど実際はどうなのよ?」となると思いますが、今のところ糖質を制限することで何か問題が出るという信頼性のある証拠は出ていないようです。しかし長期的にどうなるかはまだわからないということになっています。
ただし、逆に糖質をたくさん食べた場合の長期的な結果はよくわかっています。生活習慣病患者の数が増える一方だということから察しがつきますよね。少なくとも糖質過多の方は間違いなく体に悪いです。
短期的には特に目立った問題はないと考えられていますが、糖質の過剰摂取(現代の食生活ですね)を続けてきた人が急に断食や糖質制限をやるとケトン体や糖新生の代謝回路の働きが弱いため対応できず一時的に低血糖になることもあります。
細身で小柄なアスリートは要注意かも
筋肉量が相対的に少ない小児の場合、材料となるアミノ酸が不足して糖新生がうまくできず低血糖になる場合があるそうです(ケトン性低血糖)。
そのことを知った時に思い出したのが、以前知人の女性でとても細くて小柄なランナーの方が、「糖質制限するとフラフラで全然ダメだった」という話をしていたことです。
ひょっとするとその女性は小児の場合と同じようにアミノ酸不足で糖新生が追いつかなかったのかもしれません。少ない筋肉量で長時間運動して糖質カットとなるとかなり条件が悪そうですからね。レベルの高い女性ランナーなら多くの人が該当しそうな条件だと思います。
対策としてはとにかくタンパク質をたくさん摂取することになりますが、そもそもこういう人は糖質制限というよりタンパク質の摂取量を増やす食事に切り替えるのが先のような気がします。そうするとパワーアップにもなるかも?
こんな感じで実際に体質に合わない人もいますから、まずは正しい方法(タンパク質と脂質を必ず増やす)を試してみて、明らかにおかしいと感じたら医師に相談したほうがよいと思います。
糖質制限とグルテンフリー
最近ジョコビッチの本で有名になった食事法にグルテンフリーというのがありますが、糖質制限をすると穀類は一切NGになるので自動的にグルテンフリーになります。僕もその本は読みましたが、基本的に糖質控えめの方針ですがいわゆる糖質制限よりは糖質をたくさん摂ることになります。果糖を賞賛しているあたりがすこし違和感を感じましたが、パンや麺類をよく食べる人でグルテンアレルギーがある人には効果がとてもあるかもしれません。
糖質制限を実践する時の注意点
トライアスリートが糖質制限をやってみようと思ったときに気をつけなければならいのは、ダイエットが目的でない限りは減らした糖質の分だけタンパク質と脂質の摂取量を増やす必要があるということです。
これを怠るとカロリー収支がマイナスになり筋肉の減少や回復力の低下、低血糖といった問題が出る可能性が高くなります。
タンパク質と脂質をどれぐらい摂取するべきかは難しい問題ですが、日本人はタンパク質不足の場合が多いのでまずは肉・魚・卵などの量を増やしてお腹を満たすという方向性で大丈夫かなと思います。そうすれば自動的に脂質の摂取も増えますしね。
世間一般では脂質=悪者というイメージが強いので脂質を増やすことに抵抗がある人も多いかもしれませんが、揚げ物などよほど質が悪いものでなければ気にせず食べましょう。脂質はホルモンや細胞壁の材料ですし、脳の6割は脂質ですからね。皮下脂肪以外にもからだの色々な場所で活躍してくれます。
あと、運動中の補給食も悩ましい問題です。糖質制限を徹底するなら補給食もMCTオイルとBCAAだけにするのが筋ですが、恐らくこれでは運動中(特にロングライド)にガス欠になる可能性が高いと思います。その理由は次の記事を読めばわかるはず。たぶん。
色々脱線したので随分長くなりましたが、糖質制限についてはこれぐらい知ってれば変なことにはならないでしょう。
今回はダラダラと長くなったので、次は糖質と脂質が体内でどう使われるかをさらっと書きたいと思います。
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